書評 「孤独論 逃げよ、生きよ」(田中慎弥 著)☆ひきこもり芥川賞作家の孤独の是定☆
芥川賞の受賞記者会見で、破天荒な発言で話題となった孤高の作家による、至極まっとうな人生論です。人生の窮地から脱出する方法を説いています。

「仕事、人間関係、因習などにより、多くの現代人は「奴隷」になってしまっている。「奴隷」とは有形無形の外圧によって思考停止に立たされた人のこと。あなたも奴隷になっていないだろうか。自分の人生を失ってはいないだろうか。奴隷状態から抜け出す方法はひとつ。それは今いる場所からとにかく逃げること。逃げて、孤独の中に身を置くことが、自分を取り戻す唯一の手段であり、成功の最短ルートだ」と説きます。
著者は、孤独は人間の前提・あたりまえだと言い、自由を得るための最良の方法だと書いています。インターネットやSNSなどの情報過多から距離を置く必然性、食事は気力・体力を維持するには大事、心から好きなことをとことん追求する、読書は自由を得るために必要(特に古典)、時によっては「逃げる」ことは大事と言います。まず「自分を一番大事にすること」」の重要性が何回も述べられています。

著者は、今の日本では相当異質な人です。小説の原稿は2Bの鉛筆で手書き、インターネットもしない。携帯も持っていない、本を読むことと小説を書くことだけをひたすら続けています。その小説も大衆小説ではなく、純文学です。それで生計を立てているのだから、驚きです。幼い頃に父親を亡くし、兄弟はなし、家族は母親とおじいさんだけ。東京に拠点を移す前までは、山口県の下関で、実家暮らし。高校卒業後、定職に一回もついておらず、ひたすら本を読み、そして小説を書き、33歳で小説家としてデビューします。この経歴だけを見ても、著者の「人生観」が想像できます。
著者の凄い所は、自分をさらけ出している所です。開き直っているというわけでも、絶望しているわけでもない。高卒で学歴もない、仕事も経験もない。自分のスタイルを受け入れつつ(ただコンプレックスはある)、著者の人生観、仕事観を展開しています。
個人的には、著者の小説にかけた努力と今も継続している努力は、家族の支えがあってのことだと思えました。厳しい言い方ですが、世間一般の価値観だと、高卒、無職、引きこもりの状態の場合、どんな理由があろうが、日本社会はかなり冷酷です。労働市場では、無価値だと判断されます。一度、労働市場から脱出して復帰するのは、非常に困難です。好きなことを見つけ、それに真剣に取り組んで、成果を出す。その下地は、やはり周囲の支えだと思います。著者も家族の存在に言及しています。

ただし著者は「そもそも孤独を何とも思っていない」人なので(これは、持って生まれた性格なのでしょう)孤独が辛くて悩んでいる人にとっては、いまひとつ納得のいかない主張かも知れません。おそらく著者が、文学賞などの受賞に恵まれなくて、作家として食い扶持を稼ぐことが出来なかったら、祖父が亡くなり、母が働けなくなったとき、下関でエッセンシャルワーカーとして働いていたでしょうし、それでも何とも思わなかったでしょう。

わたしは、この本を読んでとてもすっきりとしました。著者は、とにかく仕事や人間関係に窮したら、できる限りのところまで逃げた方がいいと主張しています。なぜなら、それらの仕事や人間関係は、当人が思っているほど大事なことではないからです。一番大事なのは「自分自身」であるはずです。それはお金や信頼よりも大事なはずではないでしょうか。仕事や人間関係を断ってしまえば色々と困ることもでてきます。しかしそれ以上に、自分を守ってあげることのほうが大事なのではないでしょうか。
人は色々で一概には言えませんが、サービス残業や過労死やブラック企業という言葉が紙面を賑わしている昨今、勤労を美徳とするような風潮は、今もなお健在です。お金を贅沢に使うことに憧れをいだいている人も多いでしょう。しかし、それは幻想か錯覚の類いのものではないのか、そう思えてきます。著者は毎日、紙と鉛筆だけで思考の奥深くまで探求しているようです。仕事に仕事を重ねたうえでもらったボーナスでいくハワイ旅行よりも、充実した脳内の思考の旅かもしれません。足るを知り、余計なことから逃げたり、省いたりした最小限の生活も選択肢に入れてみてもいいのではないかと考えさせられました☆



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