書評 「JR上野駅公園口」(柳美里 著)☆福島出身のホームレスから見た現代の日本。全米図書賞を受賞☆


 2020年、本書の英訳版「Tokyo Ueno Station」が、TIME誌の2020年の必読書100選に選ばれ、全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞しました。アメリカで最も権威があるというこの賞に選ばれた日本の作家は、樋口一葉、多和田葉子以来3人目です。東日本大震災直後の2012年に発表したもので、福島県から出稼ぎで上京した主人公の男性がホームレスとなり、自殺に追い込まれるまでを、戦後の日本社会の歪さと関わって描いています。

画像

著者は、2011年3月11日に発生した東日本大震災を機に、福島県・宮城県・岩手県に通い始めます。2012年3月16日から、臨時災害放送局「南相馬ひばりエフエム」で「柳美里のふたりとひとり」のパーソナリティを務め、2018年3月23日の閉局までに約600人の話を聴きます。2015年4月に鎌倉から南相馬に転居し、南相馬市在住作家としての生活を始めます。2017年7月2日、住民として何ができるだろうかと考え、書店の開業を目指して南相馬市原町区から小高区に転居して、2018年4月9日に書店「フルハウス」を開店しました。

画像

バブル崩壊後、上野恩賜公園はブルーシートを覆った段ボールやベニヤで作った「コヤ(ホームレスの自作の仮住居)」で埋め尽くされていました。その住人の多くは、集団就職や出稼ぎで上京して、上野駅を基点に郷里と往復してきた経験を持つ東北出身者でした。主人公は、平成天皇(昭仁)と同じ、1933年の同じ日に生まれた「カズ」です。東京オリンピックの前年、弟たちの学費や子どもを養うために東京出稼ぎのため、福島県の南相馬から上野駅に降り立ちます。オリンピック特需も終わり、カズは職を失います。上野公園にホームレスとして生活するようになります。しかし食べ物には困りませんでした。老舗のレストランが多くコンビニもあり、残り物や賞味期限切れの食べ物を、欲しいだけもらうことが出来ました。毎週、教会による炊き出しもありました。カズは出稼ぎと日雇いに明け暮れた自分の人生を振り返ります。いわきの小名浜、相馬、北海道の浜中に出稼ぎに行ったこと。故郷相馬の「野馬追祭り」のこと、昭和天皇が福島の原ノ町駅に行幸の途中立ち寄ったこと、浩宮徳仁親王(現今上天皇)と同じ日に生まれ、21歳で死んだ息子の浩一こと・・・。

画像

カズは「シゲちゃん」というインテリのホームレスと知り合いになります。シゲちゃんは実にいろいろなことを知っていました。東京大空襲のこと、西郷隆盛の銅像のこと、彰義隊士の墓のこと、会津戦争のこと、西南戦争のこと。ある晩、カズはシゲちゃんのコヤに誘われ、一緒にお酒(ワンカップ大関)を飲みます。シゲさんに、台東区立中央図書館に行こうと誘われますが、断ってしまいます。やがて、シゲちゃんは死んでしまいます。カズは72歳になっていました。

ホームレスの収入源は、銀杏の銀杏を拾って売ったり、駅のごみ箱でマンガ雑誌や週刊誌を拾って古本屋に売ったり、アルミ缶を回収してリサイクル業者に売ったりして得ます。アルミ缶は、1個2円で取引され、300個拾えば600円になり、銭湯に行ったり、ネットカフェでシャワーを浴びたり、吉野家で温かい牛丼を食べたり、喫茶店でコーヒーを飲むことが出来ます。

カズは、20年前の出来事を回想します。ある朝、妻の節子が布団の中で死んでいました。通夜、葬儀、告別式、出棺、火葬、骨上げ、還骨法要、死亡通知、寺や隣組への挨拶回り、保険証の返納、年金の受給停止の手続き、遺品整理、四十九日の法要、納骨と、行事が続きました。

画像

やがて、上野の国立西洋美術館の本館が、ユネスコの世界遺産候補になります。そして、2010年のオリンピックの東京誘致が決定されます。天皇家の美術館観覧のため、上野のテント村の「山狩り(特別清掃。強制退去)」が開始されます。カズたちは、一時的に「コヤ」を畳んで公園の外に出なければならなくなります。真冬の雨の「山狩り」の日は「エロっこ映画館」という500円で一日居られる暖房の効いた小さな映画館で過ごしました。「山狩り」は終わりましたが、カズは上野駅の改札を入ります。山手線内回りを一本見送り、次の電車が到着するまでの3分間、自動販売機で炭酸ジュースを買って、二口だけ飲んでゴミ箱に捨てます。山手線のホームが、カズの人生の最後の舞台でした。

小説は、主人公の方言をまじえた回想を軸に、周囲のホームレスの生活と交友、行きかう人々の様子を、会話を通してリアルに描いています。浄土真宗の葬儀の様子も丁寧に描かれています。物語は、一貫して厳しい冬の寒さのなかの強い雨が背景になっています。著者は「東日本大震災で非難生活を余儀なくされている人々の痛みと苦しみ、出稼ぎで郷里を離れているうちに帰るべき家を失くしてしまったホームレスの人々の痛みが、わたしの中で相対し、二者の痛苦を繋げる蝶番のような小説を書きたいと思いました」と、あとがきで語っています。同じ1933年に生まれながらも、対極の人生を歩んできた、天皇とシゲのふたりが、一瞬の邂逅を果たすラストが圧巻です☆

コメント