書評 「激しく煌めく短い命」(綿矢りさ 著)☆同性愛恋愛小説の渾身の大作。圧巻の千三百枚☆


 2025年発行。著者の女性同士の長編恋愛小説です。1300枚、634ページの大作です。2019年に発行された島清恋愛文学賞の『生のみ生のままで』から6年が経ち、著者が再び女性同士の恋愛模様を描いた小説です。『文學界』誌上で『激昂短命』というタイトルで、4年間連載されていたものを大幅に加筆したものです。思春期(中学生)からアラサー(32歳)に至るまで、2人の女性の恋愛関係をじっくり描いた、身を焦がすほど激しい純愛物語です。「第一部 13歳、出会い」と「第二部 32歳、再会」の二部構成です。第一部の舞台は京都、第二部の舞台は東京です。著者は「前作は心も体も充実した青春期の女性2人が日向(ひなた)で愛し合うような物語でした。今回は日陰の恋について考えてみようと思って」「友達と恋人との間にもう一段階あるような関係。男子ではない綸にひかれる久乃のとまどいと、久乃をカノジョのように縛りつけたい綸の姿を通して、子供から成年にかけての心の成長を書きたかった」「誰かを傷つけるのはこわいけど、傷つけなければ生まれない感情もある」と語っています。

画像

第一部

舞台は90年代後半(平成初期)の京都です。主人公の悠木久乃は、中学受験に失敗して、しかたなく何の特徴もない公立中学に進みます。久乃は入学式に髪のほどけを直してくれた朱村綸と知り合います。ふたりは対照的な性格でした。久乃は地味で暗くて友だちも少なく成績優秀ですが、綸はファッションに敏感で明るくて友だちもたくさんいて勉強嫌いです。久乃は文化部の家庭科部に入部して、綸はソフトボール部に入部します。ふたりは、クラスでの立ち位置があまりにも違います。しかし久乃が綸に英語を教える羽目になったことがきっかけで、ふたりは友だちになります。そして久乃は、綸に一目で魅了されます。ふたりは会話を交わすたびに、心が通じあっていくようでした。やがてふたりは友情を越えて、恋愛関係に発展していきます。しかし久乃は、周囲にバレたら変態と思われて、怖がられるのかな、と戦々恐々です。いっぽう綸は気にせずに、変わらず奔放にふるまいます。ましてや男女同士でも噂や冷やかしにされる中学時代です。久乃は図書室で中学生向けの性教育本を見つけます。そこには、思春期前期にはまれに同性に恋愛感情を持つ時期もある。それは一過性のもの、と書かれていました。

恋愛感情の目覚めは、いつしか性愛感情の目覚めに発展して、ふたりは徐々にスキンシップを交わすようになります。さまざまな学校行事や学校の日常が過ぎていく中、ふたりの関係はより強固になっていきます。久乃は自分の気持ちを表す言葉が見つからず、自分たちが周囲の偏見にさらされるのが恐ろしくなります。いっぽう綸は「名前なんか、どうでもいーやん。私は久乃が好き。久乃は私が好き。それで十分やろ」と言います。

綸の両親は中華料理店を経営していて、在日中国人でした。いっぽう久乃の両親は、父親の不倫が原因で家庭崩壊寸前でした。母親は差別意識の強い傾向で、綸の出自を知って「あの中華料理屋の子、思てたよりも、ちゃんとした子で良かったわ」と言います。自分たちのことが周囲にバレて、イジメられるのが怖い久乃は、徐々に綸を避けるようになります。しかし綸は、まったく気にしていない様子でした。それでも自分を避け続ける久乃に、綸は不満を抱いていきます。卒業式の当日、久乃と綸は、殴り合いの大喧嘩をします。綸は久乃の顔に怪我をさせます。それを境に、ふたりの関係に決定的な亀裂が入ります。成績優秀の久乃は進学校へ進み、綸は夜間高校に進み、ふたりは疎遠になります。

第ニ部

それから17年が経ち、32歳になった久乃は、東京の大手広告代理店の営業職で活躍していました。「枕営業」も辞さない構えで、久乃は激務にいそしむ日々を送っていました。SNSを眺めていたある夜、久乃はインスタグラムに当時同級生で仲の良かった男子・橋本のページを見つけます。久乃は「イイネ」を押します。橋本の写真のキャプションには、あのリン(綸)の名前がありました。それがきっかけで、橋本から連絡があり、久乃は京都から上京した橋本に会います。橋本はいまでも綸と仲が良い様子で、いまは池袋に住んでいる綸に電話をかけて来るように誘います。綸はいやいややって来て、よそよそしく、早く帰りたがっていました。綸は宅配デリバリーサービスの仕事をしていて「清盛」という4歳年下の男性実業家と7年の交際中でした。初めは久乃に冷淡な綸でしたが、ふたりは徐々に再び仲良くなっていきます。雑司が谷に住んでいる久乃と池袋に住んでいる綸は、たびたび会うようになります。やがて綸は、清盛とは終わったと久乃に告げます。

ある夜、ふたりは17年の空白を埋めるように、激しく求め合います。歓喜と快楽に没頭する久乃。ことが終わったあと、清盛が綸のアパートにやってきます。清盛に対してかいがいしく振舞う綸を見て、久乃は綸を問い詰めます。実は綸は、久乃と付き合いながらも、清盛も諦めきれない様子でした。裏切られた気持ちの久乃は、綸に激昂します。そして綸の部屋を出ていきます。ふたたび喧嘩別れした久乃は、その後綸とは連絡を絶ちます。半年たったある日、橋本から連絡があり、久乃は橋本と会います。橋本は久乃に綸の様子を伝えます。綸が清盛の子を妊娠したこと、清盛からのプロポーズを断わったこと、そして今でも久乃のことが好きで、よりを戻したいと思っていること。久乃は綸に会いに行きます。綸は「本当の幸せに気付いた。清盛とは一緒に生きていけない。一緒に生きていけるのは久乃だけだ」と言います。綸は中学生の頃から、ずっと久乃が好きだったと言い、久乃も同じ気持ちでした。久乃は綸と綸の子供と3人で生きていく決心をします。

画像

読み終えるのに3日かかりました。何度ケンカ別れを繰り返しても、切れなかったふたりの絆に胸が熱くなりました。第一部は、学校のイベントや学校の日常の描写が延々と続き、進みが遅いですが、中学生の生活をつぶさに描写していて、私も埋もれていた記憶が蘇りました。まるで「中学時代の真空パック」みたいでした。第二部になると怒涛の展開で、ページをめくる手が止まりませんでした。第一部と第ニ部で、トーンが全然違うのも効果的で飽きませんでした(ちなみに、第一部は京都弁、第ニ部は標準語)。京都の暗部(差別意識など)の描写もあり、興味深かったです。「学校では人権学習と称した「差別を無くすため」の取り組みがあるが、教師も生徒もどこか型通りにこなしている」という記述には得心するところがありました。

平成初期の青春グラフィティというか、90年代後半の「あるある」感が楽しめました(コギャル・ルーズソックス・PUFFY「アジアの純真」など)。著者は「思い返すと、すごく個性的な時代だったなって。女子高生がブランドになっていて、人生で一番チヤホヤされる時期を逃さないよう20歳までにやりたいことを全部やらなきゃ、みたいな空気を感じていた。何か生き急いでいるような」と回想しています。

綿密な描写と綿密な会話、濃厚で官能的なセックス描写が満載で、著者の筆力には驚きました。ふたりの激しいぶつかり合いと、激しい抱擁の繰り返し、傷つけ合いと傷つけ愛。欲望のまま生きるふたりが切なくて、魂のぶつかり合いで傷つけ合う、不器用な二人の激しい感情の吐露と生きざまには、爽快なカタルシスを得られました。著者はインタビューで「自分の価値観を守る方法は 欲望のままに生きる事。自分が主人公」と語っています。

この小説の隠しテーマに「女性の自立(自律)」の問題があると思います。久乃も綸も、他律から自立(自律)へシフトしていき、自立している同士だからこそ、人生のパートナーシップ(支え合い)が可能だと気づきます。悩んだ末にたどり着いた、ふたりの新たな地平に乾杯です☆

追伸:私が気になったページは以下です・・・
98 139 147 158 175 198 205 229 274 300 309 332 355 360 366 426 447 478 512 522 528 533 537 584 588 602 617 624 631

コメント